ひとときは南極の冬だった。
クリスタルは色を失い、空気は凍りつき、炎の精霊は息をひそめ、どの雪原も緑を覆い隠し、死にたがるペンギンたちや、毛皮にくるまって大きな黒い熊のように凍った世界で蠢く試作魔獣たち。
それから、一条の白い流線型が空を横切った。熱い空気の大津波。まるで誰かがインフェルノを痛覚共有したようだった。つるはしを抱えた鉱山夫たちの目に、閃光が脈を打った。氷は熱に晒され、こなごなに砕け、溶け始めた。
ドアが勢いよくひらいた。窓が勢いよく押しあげられた。鉱山夫たちは旅立ちの挨拶をした。色の無いクリスタルが深呼吸をした。
炎を吸い込み、去年の夏の古い緑のカケラがまた芽吹いた。
ミサイルの夏。
そのことばが、クリスタル採掘を生業とする人々の口から口へ伝わった。
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「世界はいつ終わるんだろうな?」
「彼等がその気になればものの数時間で終わるんじゃないか?」
「彼等?」
「巨神兵」
「巨神兵?ただの伝説だろ、そんなもん」
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クリスタルの採掘は過酷を極める仕事だ。燃え盛る溶岩の火口、深い海の底、あるいは狂気を湛えた地底湖、その身に自然の力を宿したクリスタルが発見されるのはいつだって人が足を踏み込むのを躊躇させる場所だけだ。
その為クリスタルの採掘に従事する人々は少なく、高い死亡率からも慢性的な人不足は大きな悩みの種だった。人が減れば採掘量も減る、当然クリスタルの価値は高騰していく。
そんなある日、つんざくような音を立て短距離弾道ミサイルが空を横切った。恐らくどこかの魔道士が派手に誤爆でもしたのであろう。
そのミサイルは無色のクリスタルの一大生産地である南極に突き刺さった。ミサイルが落ちたのではしばらく南極での採掘は難しいであろう、人々は更なるクリスタルの高騰を予感し頭を抱えた。
だが、その予測は良い方向に裏切られた。
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「ところが違うんだなー、大昔にはちゃんと実在したらしいぜ」
「ふーん・・・で?
「で?って・・・・」
「昔の話だろ?関係無いね」
「いやいや、また出てきたらどうすんのさ」
「まぁ・・・お話が本当だって言うなら完全にお手上げだよね」
「だろ?」
「だから昔話だろ?」
「むぅ・・・」
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南極に余りある無色のクリスタルは、ミサイルによってもたらされた炎と光をその身に吸い込んだ。
灼熱波動となるはずだった熱量は一度吸収され、そうして生まれた炎のクリスタルと光のクリスタルはゆっくりとその輝きを吐き出す。氷と寒さに支配されていた南極の地に暖かな光が生まれた。
熱が生まれればそこには風が招かれる。クリスタルはその風をも貪欲に吸い込んでいく。暖かな風は更に氷を溶かし、流れ落ちる水がクリスタルに降り注ぐ。あるいは、ミサイルによって命を落としたペンギンたちの怨念が闇のクリスタルとなって積み重なったクリスタル底、光の当たらない暗闇で鈍く輝く。
さらには、ミサイルによって南極の大地は大きくえぐられ、そこには貴重なクリスタルの原石が顔を覗かせている。そしてまた、ミサイルによって生まれた荒れ狂う放射線の嵐はクリスタルの鉱脈を歪め、複数の性質を持つ非常に珍しい鉱石や水晶を生んだ。
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「”巨神兵は遥か南の深い海 その奥底から目を覚ます その1歩は海を割り その1歩は大地を割る”」
「うん」
「そんなデカブツ、いたらすぐ見つかるっての しょせんはお話さ」
「そうかなー・・・」
「そうだって、南極のニンゲンと混同してるだけだって」
「そんなもんかなー・・・」
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ゆっくりと各々の属性を吐き出すクリスタルによって、南極の気候は安定した。
誰かが誤って飛ばしたミサイルが、南極を環境の良いクリスタルの一大生産地に変えたのだった。
もっとも、その効果は短いものだった。
約3ヶ月程でクリスタルはその中に溜め込んだ力を全て吐き出し、南極は再び極寒の地と変わる。
しかしそこで行われた人々の営みが、あるいは生まれ死んでいった生命が新たな力となって魔力の結晶を産む。無色のクリスタルが再び南極の大地を覆い始める。
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南極の遥か遥か海底。
まるで死んだかのように眠っているニンゲンが、ほんの小さく ぷかり と口から泡を吹いた。
南極に突然訪れる自然の氾濫、そこから漏れ出したごくわずかな、炎と水と風を吸い込んだ。
そんな小さな一呼吸だった。
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しかし人々は学ぶ。潤沢な無色のクリスタルが眠る南極にミサイルを撃ち込めば、再びあのクリスタルラッシュが訪れることを。
南極が寒さを取り戻すのに3ヶ月。クリスタルが再び生まれ、大地を覆うのに9ヶ月。
偶然のミサイルから1年後、必然のミサイルが空を渡った。
そしてそれは毎年繰り返される、当たり前の光景となった。
ミサイルの夏。
ミサイルの夏。
そのことばが、クリスタル採掘を生業とする人々の口から口へ伝わった。
毎年の夏の終わり。
寒さを取り戻しつつある南極から我が家に帰る人々は口々にこう祈る。
「願わくば、この毎年の小さな夏が、永遠に続きますように。」
「願わくば、この毎年の小さな夏が、永遠に続きますように。」